美術部部長・葛城朋香の悩みが消えるとき
「あのぉ、葛城先輩。そろそろ、消灯時間ですけど」
「静かにして。今、ノッてるところだから」
「だから、ノッたままでいると、まずいんですってば」
「いいの」
胸の内ではドキドキが高まっているが、鉛筆を持つ手の動きが軽やかなのも確か。彼を描くということがこんなに楽しいなんて、予想外だった。
いいえ。予想してなかった私がおかしい。だって、意識している男の子なんだから。
好きなものを描く。いい作品を生み出す基本中の基本。今まで私が選んだ風景がそうだった。
だから人物画だって同じはず……それに初めて気づいたのは、男の子をここまで好きになったのが初めてだから。
頬が赤くなる。照れ隠しに手を素早く動かしたら、描こうとした線がぶれてしまった。
もうすぐ消灯時間。それを過ぎれば部屋から出られなくなる。出られなくなったっていい。絵を描くことはここでできるのだし、ここにずっといることが私の望みなのだから。
「葛城先輩」
「あ。こ、こら、動いちゃ駄目でしょ」
支倉君が、ずいぶんと難しい顔をしていた。それではいい絵にならない。
静止の言葉を振り切って、私に近づいて、顔をにゅっと突きだしてきた。
「駄目なのは先輩です。いくら絵を描くのに夢中になっていても、俺の部屋……男の部屋に遅くまでいたら、いけないよ」
丁寧な言葉で、私のわがままを諫めてくる。
規則を厳守しようとしているのは、生徒会役員だから?
……違う。彼の顔を見ればわかる。厳しいだけじゃない。私を心配してくれている。心を痛めている。
風呂で私の体を見た罰を与えるつもりはあっても、苦しめるつもりはなかった。私はどうすればいいのか。そんなことは端から決まっている。
「いたいの、ここにいさせて、お願い」
胸にある思いをそのまま声にのせ、言葉にする。
「先輩。絵は別に明日だって描けるだろ。モデルなら明日もするから――」
「違う、違うのよ」
「違う……?」
厳しかった彼の顔が不思議そうになる。私の顔は、切迫したものになっているはず。
ためらいかけ、ためらってはだめと自分に言い、しっかりと彼を見つめた。
「あなたといっしょにいたいの。今日はずっと」
「……へ? そ、それって、い、いったい……ま、まさか」
「あなたが……好きなの」
言ってしまった。ここで言わなければ無理矢理に部屋へ追いかえされるだろう。
それは嫌だった。絵を描きたい気持ちだってあったけど、それよりも、この気持ち、好きだという気持ちを彼に知ってほしかった。だからこうして、伝えた。
支倉君は目をぱちぱち。私を見つめてくる。「ほんと?」と小さな声で聞きかえしてきたから、私はじっと見かえしたまま、こくりと大きくうなずいた。
見つめあう時間が続き、先に動いたのは支倉君のほう。
「わ、わかった。うん、いっしょにいよう。……俺も葛城先輩のことが、好きだから」
「えっ?」
さりげなく、大事なことを言われた気がする……気がする、じゃないわ。
私の声のトーンがあがる。
「ね、ねえ。今のって、本当?」
「本当だよ。俺も葛城先輩が好きだ。だから、部活を見に行ったりも、した……」
目を合わせているものの、ものすごく照れくさそうにしてる。
彼も私が好き……。私は彼が好き。これって両想いなのよね。
あれこれ考え、ぐずぐずしていたのはなんだったのだろう。ああ、そんなことはどうでもいいの。今、私と支倉君が……。
嬉しさがこみあげてくる。支倉君も喜びを浮かべている。
「じゃ、じゃあ絵の続きをしようか」
「……」
照れを残した声で言われても、気持ちがわかった今、絵を描いてなんかいられない。
鉛筆を置く。紙も片づけて、イーゼルをたたむ。
「あ、あれ、どうしたの。絵は……」
「絵よりも、大切なことがあるから」
さっきの告白よりも、緊張する。
額が汗ばむ。ヘアバンドに染みて、眼鏡の下の目もとにまで流れてきた。
ドキドキする胸からなにかが飛びでてきそうなのを懸命に押しとどめながら、ゆっくりと言う。
「いっしょに、夜をいっしょにいたいって言ったでしょ。意味、わ、わかるわよね」
唾が湧いてくる。ごくり、と呑みこむ音をたてたのは彼のほうだった。
「わ、わかるけど……いいの?」
「いっしょに、いたい」
その言葉を繰りかえす。彼に身を寄せる。
あとわずかいうところで、とまった。息をひとつ吸ってから、思いきって抱きつく。
支倉君も腕をまわしてくる。男の子……男の人の腕は固くて、強い。
「……好き」
「好きだ。葛城先輩」
「……朋香って呼んで」
せっかく気持ちが通じあったのに、そんな堅苦しい呼ばれかたは嫌。
彼へ要求する声はかすれて、自分でもびっくりするくらい甘える音色が混じっていた。
「と、朋香、先輩」
「孝平君……」
名前を呼びあい、胸を合わせ、頬を擦りあわせる。
ああっ。こうして抱きあっているだけで、気持ちいい。好きな人にくっついているのがこんなに温かく、心地いいなんて……。
幸せに酔いしれていたら、あごを持たれた。上を向かされる。
孝平君の顔がそばにある。
なにも考えず、目を閉じた。
眼鏡に手がかかって揺らされる……でも、はずされなかった。
ひょいと顔を捻るのが感じられて、唇に触れられた。
ファーストキス。寮の彼の部屋で、夜、ふたりきり……ロマンチック。空想していた通り、いいえ、空想よりももっと素敵。
軽く、なんども、ついばむように触れてくる。ささやかな触れあいなのに、すごく、熱い。甘くも感じる。ああ、本当のキスって、こんなにも気持ちいいんだ。
求める思いが高まって、私からも唇を押しつける。ずっと触れていると、ちょんちょんとつつかれた。反射的に唇を開いたら、ぬるっと入りこんできた。
舌を入れるキス。恋人同士がする、とっても深いキス。
初めてでよくわからなかったけど、私も舌を動かして、舌と舌がこすれあうとそこから溶けていきそうなほど感じてしまって、なにも考えられなくなって、この素敵な行為にひたすら溺れた。
どうしてキスが終わってしまったんだろう。いつの間にか唇が離れてしまっていた。私からやめたはずはないから、孝平君が終わらせたのだろうか。それとも、私が気を失ってしまって終わったのかもしれなかった。ぼうっとなって、よくわからない。
力が抜けてふにゃふにゃになった私を孝平君はベッドに連れていき、寝かせた。
これからなにがはじまるのか、もちろんわかる。そのために来た。
ふと時計が目に入った。真夜中だ。ああ、そうよ。今こそ、そのとき。
服のボタンを自分ではずそうとする。でも、体がうまく動かない。彼のすぐ近くで、彼の目を意識して、指が固まってしまう。
「脱がすよ」
見かねたのか、孝平君が優しく脱がせてくれる。ボタンがはずされ、袖が抜かれ、肌を覆う衣が剥ぎ取られて……。
「ああっ」
身に残るのは下着とストッキングだけ。彼も脱いで、残っているのはパンツだけ。
「先輩、大好きだ」
そうささやきながら、彼の手が優しくまさぐりはじめる。
男は狼。いきなり暴力的になると聞いたことがあった。だから私は、じんわりとひろがる心地よさに陶酔しながらも、びくびくしていた。
でも孝平君は狼なんかじゃない。すごく丁寧に、壊れ物のように私を扱った。
慣れない場所に触れられてびくりと身をすくめてしまうと、「大丈夫?」と必ず尋ねてきた。「平気よ。優しくしてくれて、嬉しいわ」と答えるたびに、びくびくする気持ちは消えていった。彼も慣れてきて、感じるポイントを巧みにまさぐってきて、私はふわふわと浮いているような心地にさせられた。
いつしか全裸となり、いよいよ性器と性器でつながるときも、孝平君は慎重だった。失禁したみたいに恥ずかしいほど濡れた私の陰部に、固くて長い肉の棒の先をそっと当てて、「痛かったらごめん」と言って、突き立ててきた。
閉じていた径を大きく裂かれ、そのあとすぐ、体のなかでなにかが千切れた感覚があった。
「くっ、ううっ」
彼に続けてほしいから、痛かったけどそれを言葉にしなかった。でも呻きだけはどうしようもなかった。
呻きを聞いて孝平君は眉を顰め、それでも進んでくる。私の望みをわかってくれているから。「ごめん」と言いつつ、ぐりぐりと抉るようにして奥まで来た。
進行がとまり、大きな息がひろがった。
「朋香先輩……入ったよ」
「ええ。すごく、大きいのね」
体で感じるまま正直に言ったら、「いや別に、ひょ、標準だと思うけど」と裏返った声をあげた。堂々と私の処女を奪っておいて、そんなにあわてているのがおかしく、ほほえんでしまう。孝平君は私のほほえみで落ち着いてくれた。
そのまま、抱きあっていた。彼の鼓動がひろがってくる。入っている彼の一部が、私のなかで脈動している。
しばらくしてから、彼の息があがっているのに気づいた。どうしたのと聞くより前に、「ごめん。もう我慢できない」と宣言された。そして彼は荒々しく、まさに男になった。
暴れるような動きが、さすがに苦しかった。痛みもまだあった。でも、嬉しかった。荒々しく求められることが、私が弱い女で彼が強い男であることがはっきりわかるのが、嬉しかった。それに彼は、「朋香、朋香」と呼び捨てにもしてくれた。
なかで固いモノが動いている股間に、じんわりと、なにかが生まれてくる。不思議な波動が全身にひろがってくる。
「え? あ、ああぁ、な、なにぃ」
それが快感だったと理解したのは、終わってからだ。痛みを消す、素晴らしいもの。彼が与えてくれるもの。そのときはめくるめく快感にただただ呑まれ、はしたない声が出てしまって、とめられなかった。
体の奥が熱くなった。真っ白になっていく頭が最後に、それこそ男の射精と理解した……。
終わってから、ぴったりと抱きあっていた。
穏やかな時間が過ぎていく。熱くほてった体温が少しずつ下がっていくのがなんとも心地よかった。
孝平君の手が、乱れたヘアバンドと髪を直してくれる。
「朋香先輩、嬉しそう」
「もちろんよ。とっても嬉しい。……ひょっとして、あなたは嬉しくないの?」
ひとりで盛りあがってるのではと心配になって孝平君を見つめると、はにかみながら答えてくれる。
「もちろん俺だってとっても嬉しいよ。ただ、実感がまだ湧いてないんだ」
ますますはにかんで、それがとっても可愛く見えて、胸がキュンと疼いた。
「だって、風呂場であんなことになっちゃって、お詫びに絵のモデルをすることになって、先輩がずっとここにいて、好きだって言ってくれて、俺も好きって言うことができて……こんな関係にまでなって」
「急展開ね」
あらためて振りかえれば、そうだ。でも後悔はない。
暖簾をかけ違えるイタズラ。そのイタズラが私たちを結びつけてくれた。好きっていう気持ちを互いに抱いていた私たちを、その先へと導いてくれた。運命のイタズラ……イタズラじゃない。これこそ運命だったのよ。
目が合って、孝平君がうなずく。
「うん。でも、急展開になってくれて嬉しい。……急すぎて、朋香先輩が俺の恋人だなんて、信じられない」
「信じてね」
ぎゅっと彼の手を握って、訴える。
「信じる……俺、朋香先輩の彼氏なんだよな」
「当たり前じゃない。こんなことまでしちゃったのに」
もぞもぞも身を寄せる。手を伸ばして、彼の股間をまさぐる。
……なんて大胆なんだろう。でも、自然にできてしまう。彼のこれで貫かれて女になったからよね、きっと。
くすぐったそうにする孝平君は、私の体にラインに沿って視線を這わせる。
「これでもう、朋香先輩の体を見て怒られることもないんだな」
「また風呂を覗いたら、怒るわよ」
「あれは覗きじゃないだろ」
「……ふふっ。そうね」
一方的に見られるくすぐったさに耐えかねて身を寄せていき、肌を合わせる。
「えっと、その、またしても、いい?」
男の子の欲望はそう簡単に満たされないみたい。手に握っているモノも固く、ビクビクしてる。
ふふっ。それって男も女も関係ないかも。だって私も同じ思いを抱いていたから。
小さくうなずいて、私から彼へキスをした。唇がなんどもはじけるうちにあお向けにされ、のしかかられた……。
翌日、幸せな気持ちがずっと続いていて、友達に聞かれるまま正直に話してしまい、夕方には私と孝平君がそういう関係になったことが学院中にひろまってしまった。